染色体工学という技術がある。

魚を速く大型化したり、1年で死んでしまうアユや数年で産卵して死んでしまうヤマメやイワナなどを、産卵させずに生き続けさせようと考えて開発されたバイオ魚が作られている。このバイオ魚を作る方法が染色体工学である。

染色体工学とは、遺伝子そのものをいじくるのではなく、遺伝子の塊である染色体そのものをまとめて操作する技術をさしている。

一般に生物の遺伝子集合体である染色体は対をなした二倍体として核に存在する。染色体工学とは受精卵において染色体自身丸ごと半数体(一倍体)、三倍体、四倍体にしてやり、特有な生物を作る操作をさしており、遺伝子の部分を一箇所ずつ切り貼りして遺伝子組み換えをする遺伝子工学とは異なっている。染色体の数は動物によって違うので一般的にはn本と示し、3n体とはn本の染色体が一つの細胞に三組入っていることを言い、三倍体という名前が付けられている。多くの魚の染色体は一つの細胞の中にニ組が対になって入っており、これを二倍体と呼ぶ。従って、三倍体の魚は異常な数の染色体を持っことになる。例えばマスは染色体数が30本なので二倍体は60本、三倍体は90本になる。

染色体工学は魚の受精卵操作による三倍体魚、メス化魚、オス化魚、クローン魚の作成法に用いられるバイオ魚を作る方法の一つであるが、動物の受精卵分割、人工受精をも含む場合もある。具体的には、次のような操作を行っている。

天然のオスの精子に放射線や紫外線を照射し、オスDNAを破壊してから、メスの卵子に受精させると、この受精卵は染色体が半数体なので死んでしまう。ところが、受精後に約700気圧の水圧、ぬるま湯、または冷水処理をするとメス染色体だけの二倍体の魚ができる。これに男性ホルモンを投与し生殖器を精巣にした性転換のオス魚を作り、両者を受精させると、次世代の受精卵は総べてメスとなる。メス化法の卵子とY型の精子を用いて、前述と逆に処理すると精子染色体の二倍体(YY型)の自然界に存在しない超オスと呼ばれる魚ができる。

また通常はメスの卵とオスの精子を受精させると、受精後数分で卵の中の二つの染色体の内の一つの染色体が極体から直ちに放出されるが、三倍体魚を作るには、ここで温水、冷水、または高圧処理して、染色体が極体から外に放出されるのを途中でストップさせ内側に戻させる。すると精子の染色体とともに三倍体となって残ってしまう。そして、全ての染色体が一つに融合してできた三倍体魚の受精卵が孵化される。サケのような産卵後に死ぬ魚は、このようにして三倍体不妊魚を作ると卵や精子を作らなくなり、性分化のためのエネルギー、つまり生殖の方にまわるエネルギーが総べて成長の方にまわるために早く成長し大型化する。現在では三倍体の大型ドジョウ、錦コイ、アユ、マス、ヤマメ、イワナ、サケなどで成功している。例えばヒメマスの場合は受精した卵をヒメマスの生存にとって高温である30度のお湯につけるだけでよく、高温処理された三組の染色体を持ったままの受精卵から三倍体の稚魚が約八割の確率で孵化し、その三倍体魚は普通の魚と比ベて、1.2~1.4倍の大きさに育ち、外観は普通魚と同形でオスでもメスでもない魚になる。最初は主にサケ科に属するマスやサケの三倍体の研究が各県の水産試験所や大手の水産会社で進められた。