この脳の「刷り込み現象」とは、例えば鳥の卵を親の居ない場所で孵化してやると、生まれた雛は最初に見た動くものを親と思って、その後をついて廻る。仮に、生まれてすぐ孵化場の作業員の長靴を初めて見たとすると、雛はその長靴の後をついて廻る。
この場合は何もそれを親と思い込んでいるのではない。これは生後すぐに見たものが脳の中に刷り込まれた結果だと考えられる。
鳥ばかりではなく、私たち人間にもそういう現象があり、生後の或る時期に何らかの刺激で刷り込みが起こり、それが人の人格形成に重要な役割を果たしているのではないか、と考えられるわけである。

精神機能のメ力ニズムを科学的に研究するには、脳の中でこれまで手の付けられなかった領域に次第にメスが入れられるように成ってきた。
例えば大脳皮質連合野の中で、視覚野、聴覚野、連動野などの感覚野やごく限られた周辺部分だけの研究が、それ以外の領域にも進められてきた。現在、無麻酔の猿の脳に微小電極を刺して脳細胞の活動を記録することが可能に成っているが、この方法を用いて猿の頭頂葉の細胞の活動を記録することによって、回転連動に反応する細胞、あるいは自分の体が回転した時にその動きを感ずる細胞など、空間に在る物の位置、動きを識別する細胞の存在まで知られるようになった。
これは、脳の中で「知覚」と言われる機能で、動物が主観的に経験する精神機能の一つであるが、それが実験によって客観的に捉えられるようになったということである。

更に、猿の側頭葉には、人や猿の顔の絵を見せると反応する細胞が見つかっている。顔の絵は相当に複雑なパターンであるが、それを脳のある細胞群が的確に捉えていることが分かったわけで、これは精神機能の中の認識の機能がかなりの程度まで明らかに成りつつあることを意味している。

大脳皮質連合野の中に前頭葉と言う場所が在る。ここは、人間が思考し、物事を創造するという機能を持った場所と言われているが、猿の前頭葉について調べて見ると、例えば自分の好きなものには反応するが嫌いなものには反応しない細胞群、その逆に、嫌なものに反応する細胞群が見出されている。
つまり、心の動きまでも、微小電極で脳細胞の活動を記録することによって、客観的に調べることが可能になって来たわけである。こうした脳の精神機能の研究は、記憶についてのものが最大の焦点に成るだろう。