脳のチャンネル説、つまり遺伝的決定を重視する考え方は、一般の人々には受け入れにくいと思われるが、この考え方を支持する現象が、1960年代初めに、アメリカのD •ヒューベルトとT・ウィーゼルという二人の学者によって発見された。
彼らは、ネコを使った視覚による図形認識の実験で、目の網膜上に形成される図形に対応する、脳のニューロンのネットワークが、その図形を見る見ないに関わらず、前もって潜在的に決定されているらしいことを見出したのである。
この発見は分子生物学者達に大きな衝撃と確信を与えた。それは脳の働きも遺伝的に決定されているのではないかとの予想を裏付けたものであったからである。これは、ある図形を実際に見せなくても、人工的に特定のニューロンを刺激すれば、特定の図形を見たと同じ状態を誘起させることが可能であることを示している。
偏頭痛の前兆として、砲塔状図形を幻覚として知覚する人が在るが、それはその図形に対応する神経細胞が熱か何かで刺激されたというふうに説明できると言われる。

そういうわけで、脳の働きも、遺伝的決定という面から研究できる糸口が見出された。
しかし、前述のネコの場合、生後何週間かの間に外界からの刺激を受けないと、ニューロンの配線はできない。その間、目隠しをしておくと、後になっても図形認識は出来ないのである。
このような例は人間にも在り、生まれつき全く目が見えなかった人で、成人してからの治療によって目が見えるようになる場合があるが、この時は図形を認識することは非常に困難である。
つまり、脳の中のニューロンの配線は、遺伝的・潜在的に決定されているが、それは生後の或る期間に外界からの刺激を受けて初めて顕在化すると思われる。ごく幼児期に外界からの刺激を受け、適当な学習が行われないと、精神的にも肉体的にも人間形成が行われない。
しかし「遺伝的決定」と「選択」というチャンネル方式にも限界が在り、それでは無限とも思える外部世界に十分に対応できないし、また、益々増えて行く非遺伝的情報(外部情報)の出し入れも不可能になるのではないか、という批判もある。
この点、白紙説は人間の可能性が無限であることを強調できるから、多くの人に受入れられやすい考え方である。だが、ここで比喩に使ったテレビには数多くのチャンネルが在り、そのいくつかの組み合わせで画像が形成されるとすると、膨大な種類と量の絵を映し出すことができ、チャンネル説でもかなりの量の情報に対応出来ると思われる。
また脳には可塑性があり、外部情報が脳の構造や決められた絵の変化が与えられると事情は複雑と成るが、脳に在る「刷り込み現象」を考え合わせると、もっと複雑に成って来る。