細胞は、その発生過程で、

全能性のある細胞

一定の傾向を持った細胞

一群の分化細胞の基になる細胞

特定の機能しか果たさない終末分化に達した細胞等

と次第に特殊化して行きます。決定の過程は外界の情報を取り入れる(遺伝子だけで全てを決める訳にはいかない)ために、遺伝子が関与している所を考えてみましょう。

一度分化した細胞は、その状態を保ち続けて『忘れない』でいます。分化した細胞を、体外へと取り出してガラス容器で培養しても、基本的な性質は変わりません。メラニン色素を造る細胞は、50回分裂させても、同じ色素を造ります。これは、細胞の中に何か特別の物質が溜まっているために性質が決まっているのだったら、50代もその性質を保ち続けることはできないでしょう。細胞の記憶の本質は、いずれにしても分子レベルで考えられるもののはずです。記憶は遺伝子に刻まれる場合もあるし(例えば、DNAのメチル化や、染色体の凝縮状態の違い、特別な調節タンパクとの結合など)、その細胞に溜まった(あるいは不足した)物質が、遺伝子の働きを調節する場合もあるでしょう。

細胞の増殖や分化には、周囲の細胞が大きな影響をもたらす場合が少なくありません。例えば軟骨細胞は、ある程度密な状態で培養すると、細胞外に軟骨に特有のⅡ型コラーゲンを出すが、 密度が低いと、繊維芽細胞のようになり、Ⅱ型とは別のI型コラーゲンを合成するようになってしまいます。

また鶏の虹彩の色素上皮細胞をコラーゲンで覆った培養皿の中で培養すると、細胞はやがてレンズ細胞と同じようにクリスタリン(水晶体の主成分)を造り始めるが、コラーゲンを使わないと、何時までもメラニン色素を造り続けます。

いったん分化の道筋を進み始めた細胞でも、置かれた環境によって違う道をたどる例です。体内では、隣にどんな細胞が存在するかが問題となります。