人間の体は60兆個の細胞から構成されている。脳も肝臓も一つ一つの細胞からできている。もちろん皮膚や筋肉も細胞の集合体であるし、血液の中を流れている白血球やいろいろな情報を脳に伝える神経も細胞である。

細菌やアメーバも細胞である。こうした細菌やアメーバのように、たった一個の細胞で生きている生物は単細胞生物と呼ばれている。それに対して、人間や多くの植物や動物のようにたくさんの細胞からできている生物を多細胞生物という。

人間の場合、毎日全身の細胞の約2%に相当する6,000億個の細胞が死んでいく。それでも残りの細胞が生きているし、さらに、毎日同じ数の細胞が新しく作られるので人間という固体は何十年も生き続けることができる。細菌やアメーバの場合には、たった1つの細胞が分裂して増えていく。もとの細胞は死ぬのではなく残らないのである。そのため考えようによっては細菌やアメーバは永久に死なないといっても間違いではないことになる。

それでは細胞というのは、いったい何かということになるが、一言で言い切ってしまうと、細胞は生命を維持するための工場である。細胞の構造は、細胞質と核と細胞膜の三つの部分からなっている。細胞質を工場に例えると、製造機械やベルトコンベアーのようなものである。核は設計図そのものである。この細胞質と核を外界から区別しているのが細胞膜である。核は核膜という膜で細胞質と分けられていて、中には遺伝子そのものであるDNAからできている染色体という系状の化学物質が含まれている。細胞質の中には、実にいろいろな種類のタンパク質が存在していて、中にはお互いに反応し合っているタンパク質もある。タンパク質だけでなく、ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体といった細胞内小器官(オルガネラ)が存在し、多くの機能を成している。

ミトコンドリアはキュウリのような形をしている。実はこのミトコンドリアこそが一大化学工場なのである。この化学工場では炭水化物が代謝され、ATP (アデノシン3リン酸)という物質が作られていく。このATPが生命を維持していくのに必要なエネルギーになるのである。このミトコンドリア、進化的にはもともと酸素を利用して生きていた好気性のバグテリアが寄生してできたという考えが定説になりつつある。

小胞体は袋のような網目状の膜で、細胞全体に広がっている。この小胞体の上には、タンパク質を合成するためのリボゾームと呼ばれる粒子がついている。合成されたタンパク質は、小胞体の膜に包まれた状態でちぎれ、ゴルジ体に運ばれる。ゴルジ体は、傘のような形をした膜状の構造物で、物質の貯蔵や分泌と関係している。具体的には、細胞で作られたタンパク質を濃縮して、ゴルジ体の先端から細胞膜に送り、細胞の外に分泌している。消化酵素を大量に作る膵臓細胞や、抗体を作るB細胞というリンパ球で、特に発達している。

細胞質は、タンパク質と脂質からできていて、生命を維持するために必要なアミノ酸、炭水化物、ビタミン、ミネラルといった物質を細胞の中に取り込んでいる。細胞質の中には、いろいろな種類の輸送タンパクと呼ばれる物質が存在し、アミノ酸や炭水化物を自発的に取り込んでいる。さらに細胞膜には必要な物質を取り込むだけではなく、不要になった物質を排出する機能もある。そしてもともと不要な物質や有害な物質を選んで取り込まないようにする機能も持っている。

このように細胞というのは、エネルギーとタンパク質を同時に作っているのである。細胞という工場の中にはエネルギーを作る発電所がある。火力発電では石油を燃やしてエネルギーを作るが、細胞の発電所は炭水化物を燃やしてエネルギーを作る。炭水化物も石油も酸化されることでエネルギーが作られるという点では、原理的には同じことになる。

細胞という工場でタンパク質が作られるのをみていると、生きていくために必要なものは何でも作ってしまう万能工場である。同じ工場で、電気製品やクルマ、さらに飛行機やコンピューター、あるいは食品や本まで作ってしまうようなものである。人間はこうした万能工場を60兆個も持っているのだから、驚くべきである。逆に、細菌やアメーバがたった一つの細胞だけで生きていけるのも、細胞がエネルギーとタンパク質をいっぺんに作れる万能工場だからと聞けばなるほどと思える。