免疫に関与しているタンパク質といえば、先ず抗体(免疫グロプリン)とT細胞抗原受容体(TcR)が思い浮かぶ。抗体もTcRも、異物を認識するために重要な働きを持つ分子である。そのほか、組織適合抗原とか細胞間接着分子なども言及したが、いま抗体分子の、タンパク質としての構造を詳しく眺めて見ると、約110個程度のアミノ酸のつながりを単位として、それが幾つかつながったような構造をしていることが分かる。一つの単位としてのアミノ酸110個ほどのつながりをドメイン(領域)と呼んでいる。ドメインは、意味を持つ最小単位としての単語に相当する。一つのドメインの中には、約60個のアミノ酸を挟んで、必ずシステインというアミノ酸が現れる。システインとシステインはお互いに化学的に結合し合うので、一つのドメインには、システイン同士の結合によって生ずるループが必ず一つ含まれることになる。実際には、このループは折り畳まれて、もっと複雑な立体構造になるのだが、便宜上丸いループで表すことになっている。

抗体を含む免疫グロプリンは5種類あるが、そのいずれもが、基本的にはこのループを持ったドメインのつながりであることが分かった。面白いことに、もう一つの認識分子TcRも、このループ構造で作られている。その後、免疫に関係する様々な分子の構造が解明されると、驚くべきことに、いずれの分子もこのループ構造(これを免疫グロプリンドメインという)の集まりであることが分かったのである。それぞれのループの間には、一定位置にあるシステインのほかにもアミノ酸の類似性が認められ、もともとは一つのドメインを作る遺伝子が生まれ、それが重複しながら変化して、様々の異なったドメインからなるタンパク質分子ができてきたものであることが分かる。それは、一つの単語がちょっとずつ変化して多数の単語が生まれるのに似ている。免疫グロブリンのような大きな分子は、様々の起源を同じくした単語がつながり合って、複雑な指示能力を持つ文節が作り出されたものと考えることもできる。免疫系の分子のみならず、神経細胞を接着させる分子や、サイトカインに対する受容体の分子なども、この同じループのドメインを持っていることが分かってきた。おそらくは、免疫系や神経系などが分かれるより前の原初にーつのループを作る遺伝子として創造され、それが複製され、つながり合ったり、エラーを重ねたりして多様化して、このような多数の遺伝子とその産物が生まれたものと考えられる。

それぞれの分子は、お互いに接着したり、相互認識したりして、細胞と細胞が意味のある関係を作り上げるために働いている。この一連の分子群が互いに関連し合って、免疫系や脳神経系といったまとまったシステムを作り出すのである。生命という壮大な物語の原稿はこうした遺伝子の言葉で、ゲノムの中に書き込まれているのである。

免疫グロブリン・ドメインの元祖遺伝子は、おそらく免疫系や脳神経系などが分かれるより以前の太古に、単細胞生物が集合して個体というものを作り出そうとした所にすでに創造されており、それが多様化したり結合し合ったりして、最終的には高次の生命体系である免疫系や脳神経系のスーパーシステムを作り出したものと考えることができよう。そうだとすると、免疫グロブリン・ドメインの多様化と、作り出された遺伝子間の関係の構築過程そのものが、スーパーシステム生成の過程であり、それは言語の生成や文法の成立過程に通じるのではないだろうか。同じような遺伝子族としては、他にもサイトカイン受容体遺伝子族とか、ガン遺伝子族とか、構造単位としてのドメインを共有した一群の分子族が存在している。サイトカインは、生体内でサイトカイン・ネッ卜ワークというもう一つのスーパーシステムを作っているし、ガン遺伝子族は、ガンに限らず様々な細胞の増殖を調整している重要な一連の分子群を作っている。しかも、免疫グロプリンのドメインとサイトカイン受容体のドメインがつながり合った上に、ガン遺伝子の構造の一部がくっついているような分子もあって、異なつた由来を持つ要素をつなぎ合わせることによって全く新しい働きを持つ遺伝子を作り出すという原理がここでも生きている。言葉に置き換えると、2つ以上の単語を複合させて新しい言葉を合成するのに似ている。