もし探しているDNAの塩基配列の一部または大部分がわかっていれば、それに対応するDNAをプライマーとして、DNA合成酵素(DNAを複製する酵素)を使ってこの配列の多数のコピーを作り出すことが出来ます。この方法の有利な点は二つあります。第一には、特定の配列を持ったDNAを大量に得られるので、実験の過程を大幅に単純化することが出来ること、第二にわずかな量のDNAでも実験の目的に応じて増やせるということです。PCR法の実際的応用の一つの分野として遺伝的検査があります。1989年出版のイギリスの医学雑誌「ランセット」で報告されているように、受精後わずか3日の胚でも、その性別を判定することが出来ます。試験管内で受精させた3日齡の胚の細胞を一つ取り出し、それを6個ないし10個に増やし、Y染色体(男性染色体)の一部のDNA断片をプライマーとしてPCR法を行う。もしDNA増幅後にその断片が検出されたなら、その胚は男性であることを意昧します。もし断片が見つからなかったらY染色体がないのだから、その胚は女性だということになります。

より直接的な応用としては、性にともなった遺伝的異常の早期診断が考えられます。しかし乱用が心配されるため、この技術を広範囲に用いることは抑えられるかもしれません。

遺伝的疾患は、あるDNAが作るタンパク質に変異が起きたり、欠失したりするような、DNAレベルでの異常によって起こります。変異が起きたタンパク質では、その構造と機能が変わってしまうが、変異タンパク質の有害な(病的な)影響は症状のほとんど認められない軽いものから、致死的な病気を起こすものまで様々であります。これほどのタンパク質がどの程度まで変化したかによっています。

タンパク質が完全に欠失すると主要な機能がなくなるから、一般に重症と成ります。これまでの医学による対症療法では、遺伝的異常によって起こる末梢症状を多少和らげることが出来るだけです。しかしながら、理論的には二つの理想的な療法があるはずです。一つは生体に正常なタンパク質を与えることであり、もう一つは欠陥のある遺伝子を正常な遺伝子と入れ換えることです。

この二つの方法は、つまり組み換えDNA薬品(によって正常なタンパク質を与える)と遺伝子治療(欠陥遺伝子を正常なものに換える)は分子生物学の応用分野ですが、最大の期待を呼び起こしたと同時に、もっとも激しい倫理的な議論をも巻き起こしました。