DNAの複製はDNA鎖のコピーを作る.DNA合成酵素と何種類かの修復酵素とによって行われる。修復酵素は新しいDNAの鎖を作る時に起こった間違いを直す働きをするが、そうは言っても時として、修復もれによって間違いがそのまま残ることがあり、これが進化の基になる。一つのヌクレオチドが他の形のものと入れ代わったり、欠失したりあるいは挿入されたりすると、突然変異が起こる。しかし、DNAの複製は非常によく制御されており、驚くほどよく考えられた手順にしたがって行われるので、突然変異の可能性はおよそ1,000万分の1から1億分の1である。

有糸分裂で起こった突然変異は体細胞の変異なので、次の世代には伝わらない。これらの突然変異の中のあるものは沈黙したままである(その個体に何の影響も及ぼさない)が、激烈な結果をもたらすようなものである。このような変異を起こしたDNAを持った細胞が制御機構を逸脱して異常な分裂を始め、際限の無い増殖へと向かう。これがガンである。

一方、減数分裂で起こった突然変異はメンデルの遺伝の法則にしたがって子孫に伝わる。減数分裂の時に遺伝的組み換えが起こると、対応する染色体のDNAは交叉の過程で相動的なDNAを交換する。このことによって、不等組み替えによるようなDNAの長い配列の変化をもたらす変異が起こる。実際にDNAの交換が起こる前に、2つの染色体の対合が少しずれて起こったとき不当交叉が起こる。この対合のずれはDNAの中の反復配列のある領域で起こりやすいと考えられる。このずれのために染色体間でのDNAの交換が完全には相同でないところで起こるのである。

そのほかにも染色体の重複、転座(一つの染色体から他の染色体へのDNA配列の移動)一つの染色体内でのDNA断片の逆位などの機構で遺伝的な変動が起こる。DNAは決して静的な分子ではなく、動的な進化のシステムであり、その中で断片が動き回ったりして、小さな変動だけでなく大きな変動が起こっているのである。

DNA分子には、全体に沿って遺伝的変動が存在するが、これを遺伝的多形性とも呼ぶ。その名前が示すように、多形性は個々の遺伝子に様々な形をもたらす。具体的には塩基配列の違いを示すのである。DNA分子に沿って見られる遺伝的多形性の影響は、それがDNAのどの位置に起こっているかによって異なる。変動がもしも遺伝子の配列中で起こると遺伝暗号が変わってしまい、その遺伝子が指定するアミノ酸が変化して変異タンパク質ができる。これまでに非常に多くの変異、または多形性を示すタンパク質が報告されている。タンパク質の多形性は、その原因となるDNAの多形性より以前から知られていた。タンパク質はDNAよりずっと早くから研究されていたからである。アミノ酸が変わっても、タンパク質の機能にはほとんど影響がない場合もあるが、変異タンパク質の化学的物理的性質が非常に大きく変わってしまう場合もある。

このことは重症の貧血症である鎌状赤血球貧血で具体的に見ることができる。この病気では、へモグロビンから酵素が取れたときに赤血球が特徴的な鎌の形を示すためにこう呼ばれる。鎌状赤血球はその形を変化させることができないため、毛細血管を通れなくなりくっつき合って、その毛細血管が分布している身体の器官への血液の供給が止まる。臨床症状としては、疲労から皮膚の潰瘍、組織壊死(酸素欠乏による組織の死滅)までが広く見受けられ、いずれも激しい痛みを伴う。この病気の原因はヘモグロビン分子のちょっとした変化にある。ヘモグロビンを作る一個の塩基の変異によって一つのアミノ酸が置き換わったのである。

赤血球は生物の身体の組織の隅々まで正しく酵素を供給し、代わりに炭酸ガスを運び出すという働きがある。この仕事をするのは赤血球に含まれるヘモグロビンである(血液が赤いのはヘモグロビン分子の光の吸収のためである)。人間のへモクロビン分子は二種類4本のタンパク質の鎖(ニ本のアルファ鎖とニ本のβ鎖)でできている。正常のへモグロビン(HbS)の違いはわずかに一か所、ベータ鎖(146のアミノ酸でできている)の6番目のアミノ酸の変化だけである。HbAではこの位置のアミノ酸はグルタミン酸だが、HbSではここがバリンというアミノ酸に変わっている。二種類あるタンパク質の鎖のうち一種類のたった一つのアミノの変化が、この恐ろしい病気の様々な臨床症状の原因。

このようなグルタミン酸からバリンへの変化はヘモグロビンのβ鎖を作る遺伝子の6番目のコドンの一個の塩基の変化に基づいている。HbAの遺伝子ではそればグルタミン酸を指定するGAGであるが、HbS遺伝子ではAがTに変わってGTGとなり、バリンを指定するコドンになっているのである。鎌状赤血球貧血は単一遺伝子の異常による遺伝子病を簡潔に示した例である。AからTへの変換という遺伝子上のたった一個の塩基の違いが発症をもたらす全ての原因となっている。このような場合、異常遺伝子は完全な浸透度(遺伝子によって支配される形質が目に見える形で表れる度合い)を持っているという。こうして塩基の入れ替わりが確認されたので、パズルの最後の謎が解けたのである。 DNAレベルの分子的原因から様々な臨床症状が起こるまでの道筋を解明したのである。