DNA分子が生物の何処にあるのかを、目で見るようにして理解することは難しい。これは顕微鏡の世界で肉眼では見えない。

私達の体は皮膚や脳、肝臓、筋肉、骨といった、色々な器官や組織から出来上がっている。その各々がまた、おびただしい数の、基本的で、微視的でかつ特殊化され、分化した要素、すなわち細胞の集合体である。つまり脳は脳細胞という特殊な細胞が集まったものであり、肝臓は肝臓細胞の集合体であるという具合である。細胞は基本的には全ての生化学反応を起こす工場であるが、実際にはそれぞれ目的に応じて分化している。事実、肝臓細胞は全てのエネルギーを使って、栄養代謝に関連した肝臓酵素を作り出しており、脳細胞は神経伝達物質を合成している。

細胞の機能はそれらが作っている器官によって異なっているが、細胞の基本的な全体構造はどの器官でも同じである。細胞膜が細胞の中身を包み込んでおり、その中身が神経伝達物質や、栄養代謝やエネルギーの貯蔵に関与する酵素やホルモンなどの特殊な物質を作り出す機能を持っている。細胞にはまた、核膜によってほかの細胞装置から隔てられた核がある。細胞に物質生産を指令し、細胞分裂が一定の順序で進行するように命令を出すなどして、日々の細胞の活動を指揮するDNA分子がその核の中に納まっている。最初に目につくもの、つまり全身から始めて次に器官、細胞、そしてDNA分子へとたどっていくのは概念的には容易だが、DNA分子から始めるほうが科学的にはより理にかなっている。

体内で観察される全ての生命現象の大本に在って、それを指令しているのはDNAである。

人間のDNA分子の2本の鎖はそれぞれが、30億個のヌクレオチドと言われる基礎素材が連続して直線状に並んだものである。一方、それぞれのヌクレオチドは三つの成分からできている。それは糖の分子(デオキシリボースと呼ばれる)、リン酸分子、それに塩基である。デオキシリボースとリン酸は一定で、それぞれヌクレオチドを区別している塩基である。塩基は、アデニン、シトシン、グアニン、チミンと呼ばれる四つの種類があり、一般にそれぞれ頭文字を取ってA・C・G・Tと略称される。この四種類のヌクレオチドの直線的な配列でできているDNA分子があり、それによって全ての生物が存在しているのだということは正に驚異の事実である。人間を創造するため、自然は異なった4種類のヌクレオチドの組み合わせから出発して30億もの長いDNAの鎖を2本作り上げたのである。この原理は驚くべきことである。これを理解するために、アナロジーを使ってみるとよく解るだろう。つまり人間のDNAはたった4種類の文字で書かれた30億文字の本に例えられるのである。分子生物学者の主な目標の一つはこの「生命の本」を読めるようにすることである。

塩基が特殊なペア(塩基対)を作るために、DNAの2本の鎖は互いに補い合う形(学問的には「相補的」と言う)になっている。一方の鎖のAは何時も相手側の鎖のTとペアを作っており、同様にCは何時もGとペアを作っている。したがって、DNA分子の長さは、ヌクレオチドの数よりも塩基対の数で表されることが多い。私達はあるDNA領域の長さを表すのに、例えば10塩基対長、あるいは12,000塩基対長などと言う。

DNA分子は肉眼では見えないので、その全体像を観察するために、科学者たちは強力な電子顕微鏡を必要とする。普通の顕微鏡の倍率では、DNAは核の中に詰まって巻き付いて重なり合って見えるだけである。しかし私達の細胞の一つ一つに含まれるDNAの鎖を真っすぐに引き延ばすと、長さ約2メートルにもなる。DNAはある世代から次の世代へ受け渡される。このため、DNA分子は遺伝的物質、または遺伝する物質と呼ばれる。DNAの2本の鎖が相補的であることが、遺伝情報の伝達の基本にある。それがどのように働くかを理解するために、まず細胞について説明する必要がある。