老化の悪性なところは、生体機能の様々な部分が一様に低下していくなどという生易しいものではないことです。低下した機能は、人工的に補うこともできますが、ある機能は低下しある機能は突出して高く、しかも両者が相互依存的に動くとすれば、このように、老化における免疫系構成要素の変化が、超システムの成立原理に関わるところから、運命は自滅的破局的で、救いようのないものとなります。目的にかなった民応はできないのに、システム自体は反応の過剰状態に置かれます。免疫系のこうした変化を脳神経系に対比してみますと、老人性痴呆の症状に一種似ていることに気付かされます。この異常を起こさせたものは、全ての免疫細胞内にもともとプログラムされていたのでしょうか。

それともT細胞が分化するための場、すなわち胸腺という環境によって決定されるのでしょうか。言い換えれば、T細胞にみられる老化による変化は、もともと遺伝子で決定されていたのか、あるいはT細胞生成の際に外部から導入されたものなのか、という問題があります。この問題に答えるために、若い動物の造血幹細胞を老化動物に入れたり、老化動物の造血幹細胞を若い動物の中でT細胞に分化させたり、というような実験を行いました。

結論から先に言えば、T細胞の老化は主として胸腺で決定されるのです。どんなに若い動物から幹細胞を採ってきても、老化動物の中に入れて成熟させれば、破滅的な反応様式を持つT細胞の1セッ卜が作り出されてしまいます。逆に老化動物からの幹細胞を若い動物に入れたら、若い動物で見られるような『自己』と『非自己』を明確に区別できる正常なT細胞のセットが現われます。免疫系の老化は、胸腺という臓器の、加歳による退縮に依存している部分が大きいのです。

それならば、老化動物に若い動物の胸腺を移植すれば老化は防止できるだろうか。生後まもなく胸腺の一部を切り取って冷凍保存し、80歳になってから移植するという老化治療法ができるのではないか。実験的には、幼若動物の胸腺を老化動物に移植すると、老化動物の免疫系は一時的に固復する。しかし、移植された胸腺は、まもなく老化動物のそれと同じように退縮してしまいます。胸腺を退縮させる老化のプログラムが、老化動物の中でひそかに働いているのです。そのプログラムはどこに書かれているのだろうか。もともと在った胸腺自身に書き込まれているのだろうか。

逆に、老化動物の中で、すでに痕跡程度になった胸腺を、若いマウスの腎臓の被膜の下に移植すると、胸腺は大きくなってT細胞を作り出すようになります。胸腺を制御しているものが、どこかよそに在るらしいが、その所在は、今のところ全くわかりません。

免疫という超システムの成立と崩壊に、胸腺が深く関わっていることは確かです。しかし、超システムの成立原則はわかっていません。